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横浜スカーフの物語 〜横濱開港と共に〜

今から約150年前、1859年(安政6年)、横浜が開港しました。

横浜の開港当時から生糸は日本の輸出の主要品目でした。

そして生糸から絹織物の輸出の流れの中で絹のハンカチーフが生まれました。

明治6年(1873年)のウィーン万国博覧会では日本の袱紗、団扇などの絹織物を出品しました。

それから2年後にアメリカにハンカチを輸出したのが日本からの絹ハンカチの輸出の第一号です。

このころは、まだ、白地か無地の染物でした。

そして明治23年にはフランス人のメニール氏が捺染(なっせん)の色鮮やかなハンカチを日本人に作らせたところそれが好評となり、海外に染色織物の輸出を開始した横浜は、一躍取引の中心地となりました。

実は横浜の山下公園とスカーフは意外なつながりがあります。

山下公園の入り口にインドの水塔がありますが、これは関東大震災の時の暖かい扱いに感謝して横浜インド商組合から横浜市に昭和12年に寄贈されたものです。

関東大震災で横浜は壊滅的な被害を受けました。

横浜市民は町の復興と共に、被災したインド人にもその救済の手を差し伸べました。

当時横浜港の絹織物の輸出の3割はインドの商館が扱っており、これを横浜に復帰してもらうことが横浜の絹織物にとって必要なことでした。

そのため、住宅や店舗を建設して横浜への復帰を誘致しました。

この時の扱いに感謝してインドの商組合から横浜に贈られたのがこの水塔です。

その山下公園のほど近く横浜市中区山下町1番地にシルクセンターがあります。

シルクセンターは生糸や絹の産業の振興と国際観光事業の振興を目的として建てられました。

この場所は開港当初イギリスの貿易商社ジャーディン・マセソン商会のオフィスがあり、英一番館と呼ばれた由緒ある地です。

横浜開港100周年を記念して昭和34年(1959)にオープンしました。

ちなみに、横浜開港50周年の記念は、市民の寄付金により大正6年1917年)に横浜市開港記念会館が創建されています。

シルクセンターの中にはシルク博物館があります。

シルク博物館は、シルクに関する歴史をたどりながら、絹の科学・技術の理解を深めるとともに、主要なシルク製品の産地の紹介、 貴重な絹服飾の工芸美の鑑賞の場を提供しています。

また平成2327日(月)、両陛下がご静養先の葉山御用邸(神奈川県葉山町)からご帰京される途中、シルク博物館にご来館され、常設展をご覧になられました。

明治時代を通して横浜から輸出されたもののうち、約70%を占めるのはシルク(生糸と絹製品)でした。

つまり、外貨獲得に大いに貢献したのです。

それほど、横浜にとって、シルクという製品は大きな意味のあるものでした。

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